『若者の「社会学」 ー 世界のリアリティに向き合うー』著者メッセージ

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から2年半、また、今まさに凄惨な戦いを繰り広げているイスラエルとパレスチナ。この憎悪と対立の世界を目の当たりにして、この同じ地球に生きる一市民として何ができるのか、国際社会の一員として何をすべきかを考え続けてきた日々でした。自衛のためと言いつつ人間性の危機ともいえるこのような残忍な殺戮を許していいのか、「命の重さはみな同じ、私たちに人権はないのか」と嘆き悲しむガザの人々を見過ごしていいのか、国際社会は一刻も早く戦闘をやめさせるために、立場の違いを超えて解決に向けての知恵を出し合わなければならないと思います。

 私たちの生きる世界は、戦争、地球温暖化、パンデミックという危機的な状況に直面し、また、それらは相互に関連し合って格差や貧困、難民を生み出し、食糧や資源を巡っての争いや紛争を引き起こしています。私たちが現実を直視し、このような世界に生きているという時代認識を持たなければ危機に対処することができないだけではなく、地球に住む私たちが生き続けるための方向や人間らしく生きる道を見誤ってしまうのではないかと危惧します。

 このような危機とも言える現状を変え、希望の未来を拓いていくために大きな役割を担うのは若者たちです。ガザ攻撃への抗議や停戦を求める大学生たちが世界各地で行動を起こし、それは大きなうねりとなって政治を動かす力となりつつあります。また、気候変動問題では若者たちが「気候正義」を求めて立ち上がり、温暖化対策の強化を求める運動の先頭に立っています。日本でも各地の若者たちがつながり、政治に働きかけたり対話を重ねるなど粘り強い活動をくり広げています。

 筆者が授業で接した大学生たちも、ウクライナ戦争やパレスチナ戦争、地球環境問題、負の歴史などに大きな関心を持ち〝和解と共存の可能性を探り平和な世界をつくるためにはどうすればいいか〟〝現状に心を痛めている子どもたちに、世界への希望と人間への信頼を取り戻すために自分に何ができるか〟について真剣に考え、対話や議論を通して社会認識を深めていきました。大半が教職を目指す学生たちですが、子どもと未来をつくる教師だからこそ現実世界や人間のありように深い関心を持ち、豊かな社会認識を培って子どもたちの前に立ってほしいと思います。そのためには、現代社会で起こっているさまざまな問題に関心を持ち、確かな情報のもとでしっかり考え、多様な意見を受け止めながら議論し、自分自身の意見を持つことが大切です。そうして鍛えられた大人・教師の社会認識が、子どもたちを豊かな人間認識・社会認識をもった人間へと育てていくことができるのです。 いつの時代も社会を変え、歴史を動かす先頭に立っていたのは若者でした。そんな若者を生み出す背景や土壌はさまざまですが、根底において「教育」がそれを可能にするのではないかと考えます。いかに主権者意識を育て社会を動かすひとりにしていくか、教育は重い課題を課せられています。本書はそんな教育の一端、子どもや学生たちの学びの様子や認識の変化を記したものですが、教職に就こうとする人たちが、子どもたちとともに現代社会の問題を考え、主権者としてどんな明日を描きそれに向かっていくのか、議論し、対話する授業をつくる際に役立てばうれしく思います。また、現実世界の問題に向きあい未来を拓いていこうとする、若い人たちの学びや行動の手がかりとなれば幸いです。(はじめにより)

2024年7月 西村 美智子

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