『ALS 人生の〝聖火ランナー〟ー生きる勇気の波紋』著者メッセージ

 「なぜ山に登るのか」という問いに「そこに山があるから」と答えたというのは有名な話ですが、改めて思うにこれは名言ですね。信州(長野県)に生まれ信州で育った私には「そこに山があるから」という言葉はスーッと胸に落ちるのです。

 松本市の山間にある生家の裏手の高台に上ると、真西に松本市のシンボルの常念岳(2857m)が堂々と聳える姿を仰ぎ見ることができました。その常念岳の右肩には槍ヶ岳(3180m)がちょこんと顔を覗かしていました。

 夏になるとその槍ヶ岳に夕日が沈むのです。刻一刻と移ろいゆく夕景は例えようもない美しさで、高校生の頃は夏休みになると毎日のように夕焼けを眺めながら未来に思いを馳せたものです。

 海が開かれた包容力を育むとしたら、山は高い理想主義を育むと私は考えています。「われは山の子」を自認するそんな私が、「人生」を「山登り」に譬えるようになったとしても不思議ではないですよね。

 人は子どもの頃は同じ地域で過ごしますが、成人した後はそれぞれ自分の山を目指して登り始めます。私は「教育」という山を目指しました。山の高さや山容はどうでもいい。肝要なのは目指した山に登りつめることです。山頂に立った時、人は天寿を全うしたことになる。そう考えるのです。

 私は2合目で妻の憲子に出会い、山登りを始めました。途中風雨にさらされたこともありましたが、何とか順調に山登りを楽しむことができました。ところが、9合目に差し掛かった時突然私に悲劇が襲い掛かりました。ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病です。宣告を受けたのは2019年5月のことですのでちょうど7年が経ったことになります。

 手足が動かない上に発声もできない状態では山頂を目指すことは無理でしたが、妻をはじめ家族、医療スタッフ・介護スタッフの皆さんの支援を受けて山頂を目指すことになりました。それを可能ならしめたのは言うまでもなく、妻の献身的なサポートでした。

 妻がいなければ私は生きていけない。それは自明の理でした。ところが天は突然妻の命を奪っていきました。2025年4月3日早朝のことでした。教え子の1人が、「神様は、先生にどれだけの試練を与えたら気が済むのでしょうか…」と言ってくれましたが、まさにその通りの思いでした。

 でも負けませんよ。諦めません。「なぜ生きる?」、「そこに山頂が見えているから」

 そんな私には一つの夢があります。ALS宣告後に書いた本を山頂に平積みすることです。生涯を懸けて書いた本はおそらく200冊ほどになり、とても山頂まで持ち上げることはできないので、ALS宣告後に出した本に限定します。実は本書がALS宣告後の著作としては10冊目に当たります。

 闘病記では次の3冊を世に出してきました。

『ALSを生きる―いつでも夢を追いかけていた』(東京書籍、2020年)

『夢はつながる できることは必ずある! ―ALSに勝つ!』(東京書籍、2022年)

『ALS 苦しみの壁を超えて ―利他の心で生かされ生かす』(明石書店、2024年)

 1冊目は宣告を受けた混乱の中で、とにかくそれまでの人生を振り返ってみようという思いで書いたものですが、2冊目以降はメッセージを込めたタイトルになっています。2冊目は「できることは必ずある!」「夢はつながる」ですし、3冊目は「利他の心で生かされ生かす」です。

 今回4冊目に当たる本書を出版していただくことになった遊行社の本間千枝子社長はこれまでの3冊を読んで、「著者と共に本も成長している」と評してくれました。何と素晴らしい褒め言葉でしょう。「本が成長する」ということは本も生き物だということですね。著者として深い感銘を受けました。

 本書に託したメッセージは「生きる勇気の波紋」と「人生の〝聖火ランナー〟」。いずれも私の生き方に共鳴した方からのエールの言葉です。

 「生きる勇気の波紋」はある小学校の先生からのものです。

 「谷川先生のメッセージは、魔法の言葉です。谷川先生に勇気づけられた教え子が、さらに勇気の輪を広げていく。勇気の波紋。その中心、最初の一滴が谷川先生です」 

 最後の一文は、言葉の表現者として多少の自負心を抱いていた私をうならせました。詳細は第1章「生きる勇気の波紋「ウォーリーをさがせ!」」をお読みください。

 メインタイトルの「人生の〝聖火ランナー〟」は訪問歯科医の先生からいただいたファンレターを巡るやり取りの中で浮上した言葉です。

 「『ALS  苦しみの壁を超えて』の本を読んだ時に、谷川さんはふと、人生の〝聖火ランナー〟みたいな方だなと思いました。

 以前、テレビでどこかの国の聖火ランナーの映像が流れた時に、観に来ていた沿道の子供たちが感化されて、一緒に走り出すという心温まる瞬間を見たことがあります。

 谷川さんはそのランナーのように、『生きる』のレールを走っている中で、1人2人とパワーを与えていき、感銘を受けた方々が一緒に走り出しているんだなと思いました」

 この続きは第7章「ドクターからのファンレター  人生の〝聖火ランナー〟」でどうぞ。読んでいただけるだけで涙がこぼれます。そうは言っても先を急がず、第1章から最後まで読み切ってください。そのつもりで書き上げました。クライマックスは第8章「加賀遠征―「史上最大の作戦」(The Longest Day)」です。

 遊行社社長の本間千枝子さんとは、私が1987年に「連続セミナー 授業を創る」という研究団体を立ち上げて授業づくり運動を興して以来のお付き合い。本間さんはモルゲンWEBを立ち上げて多彩な情報を広く発信しています。私も依頼されて「わたしのマンスリー日記」を連載しており、今年で4年目に入りました。

 ある時、本間さんが「先生は何を書いても教育論になる」と口にしたことがありました。

 「鋭い!」と思いました。確かにその通りなのです。私がずっと書き続けてきた地名本は一見教育とは無縁のように見えますが、私の意識の中では教育の一環なのです。

 私は日本列島を一つの大きな教室と見立て、私の本の読者はその教室に集う学習能力の高い学生だと考えています。そのような意味で、本書にも教育色が滲み出ています。

 いつか本間さんのところで本を書きたいと思っていたので、正直嬉しいです。ありがとうございました。

 本書刊行に当たって、さかもと未明さんが書名に合わせた素晴らしいイラストを描いてくれました。また勝間和代さんには帯に力強いメッセージを書いていただきました。お2人ともエンジン01文化戦略会議の仲間です。ありがとう! 私は幸せです。

   2026年3月

                       谷川彰英

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